暦本純一 (ソニーコンピュータサイエンス研究所)
インタビュアー 岡 正明* (Studio/S)
(* 1999年現在の所属: ソニー DNS情報サービス事業部UI開発部・プロダクトプランナー)
オンライン版初稿なので最終版と多少異なっています(2.25.1997)
岡 : 日々コンピュータのCPUの性能が向上し、その大きさも携帯可能な大きさとなって来 たことで、コンピュータによる情報の構造と言ったデジタルな世界が我々の日常的に 空気のような存在となってきました。この目には見えない新たな空間レイヤーとも言 える世界(誤解を招くといけないのであえてCyberSpaceとは呼びませんが)に対して 我々物理的空間のデザイナーや暦本さんのようなコンピュータアーキテクチャの世界 のデザイナーがどの様なアプローチをとることで、リアルな空間をエンハンスド(拡 張)させ実際に空気のような存在として機能させることができるのか、またその過程 において我々のようなコラボレーションのあり方とは何かを考えてみたいと思います 。先ず、暦本さんの研究テーマとの関係について少しお話し下さい。
暦本 : 私の研究の中心的なテーマは、人間とコンピュータ(あるいはコンピュータに 象徴されるテクノロジー一般)との新しい関係を確立するということです。携 帯型コンピュータや、家電製品に埋め込まれた無数のコンピュータ群のように、コ ンピュータの形態は非常に多様なものとなってきています。一方で、いわゆる ユーザインタフェースの分野では、ここ10年程度は、GUI、すなわち MacintoshやWindowsにみられるようなアイコンやマウスの組み合わせ によるインタフェースのレベル から本質的な進歩は見られません。私の着眼点は、現実世界における人間の状 況、たとえば位置情報などを積極的にコンピュータへの入力として利用するこ とで、より自然なインタフェースが構築できないか、ということです。
私の研究のもうひとつの視点は、電子世界と現実世界の融合という発想です。 Internetに代表されるような、コンピュータ上の空間というのは現実世界と無 関係に存在するのでは決してなく、むしろ密接な関連をもっています。たとえ ばプリントアウトされた文書は、元となるオンラインのファイルを持っていま すし、建造物、場所、人物、に対応しているWWWのホームページも無数にあり ます。コンピュータに現実世界での状況認識能力を与えることで、現実と仮想 という二つの世界をつなぐリンクの機能を果たすようになるでしょう。
こういった発想に基づいて、GUIの次の世代のユーザインタフェースと考え られる、「実世界指向インタフェース」と呼ぶコンセプトを提案し、またその 考えに沿った一連のシステムを開発しています。以下の議論に登場するNaviCam というデバイスはそういった研究の流れから生まれてきたものです。
岡 : 東京乃木坂にあるギャラリー・間において昨年行われたニール・ディナーリ展におい て、一つの実験をしてみました。ディナーリ氏による建築家活動とその思想のプレゼ ンテーションを構成するにあたり、実際に構築されたプレゼンテーション空間に情報 の空間をデジタルレイヤーとして重ね合わせるという思いつきを具体化したものでし た。同氏と私のコンセプトにより実際の空間とCGによるシュミレートされた空間、 そして思想や背景などの情報が、そこを訪れるビジターに対して同一軸線上にその空 間に存在させ、空間そのものが情報を発信するメディアとなることをデザインしまし た。その際、具体的に空間に情報を発信させる仕組み(NaviCam)や、情報レイヤーを 実空間に装着させるという事に関して、暦本さんの研究に非常に触発されコラボレー ションのお願いをしたわけですが、これによりギャラリー・間の空間はただ単に作家 の情報を一方的に陳列するだけではなく、そこに訪れるビジターの参加によって空間 自身がデバイス化して情報を提供することが出来たわけです。つまり、空間の形態的 クオリティーではなく空間の使用されるシチュエーションをデザインすることがある 程度出来たことになると思います。さらには、この空間の多重レイヤー(考えように よっては設備計画などと同等とも言える)のデザインをすることによってその副産物 として、情報の部分が(CG,image,text)がネットワーク上でもvrmlという言語を使い (ソニー・アーキテクチャ・ラボ尾前氏制作)、実際にギャラリー・間を訪れること の出来ない人々に対しても同様な(視覚的にとどまるが)体験を提供する事もできた わけです。これらの実験は、物理空間に情報のレイヤーを重ね合わせることで、実空 間を拡張させることの可能性を示唆したと思うのですが、今後の可能性を含めて暦本 さんのお考えをお聞かせ下さい。
暦本 : NaviCamは、一言でいえば実世界と仮想世界の情報を同時に見るための携帯型 デバイスです。装着したテレビカメラによって、実空間中のアイコンを認識し、 それからトリガーされる情報を小型ディスプレイに表示します。ニール・ディ ナーリ展では、彼自身の設計によるシェルターをモチーフとした空間の壁面に アイコンを点在させ、来訪者がその意味を読み取るというインスタレーション を行いました。NaviCamをもった来訪者が、デバイスをアイコンに接近させる と、そのアイコンに(仮想的に)リンクされているCGやテキストが画面に表 示されます。いわば、実世界のアイコンに、コンピュータ内のアイコンのよう な機能を与えているわけです。あるいは、静的・パッシブな存在であるはずの 建造物の壁面が、NaviCamを通してアクセスすることで動的かつアクティブな 存在に変化している言ってもよいでしょう。実世界の壁面に取り付けられたア イコンを経由して、電子世界を覗き見るという行為は、単なる「展示物とその 説明」という関係を越えたインタフェースの可能性を予感させます。
実際にインスタレーションを行ってみて、身体性・空間性を伴うインタラ クションの魅力というのを再認識しました。NaviCamを持った来訪者は、部屋 の隅々まで歩いていき、そこにあるアイコンと対話します。壁の高い位置にあ るアイコンには背を伸ばして、あるいは床にあるアイコンに対しては腰をかが めてアクセスしなければなりません。WWWを使って、ほとんど指先だけの動作 で情報が出てくるのとは対照的な、あえて言ってしまえば「不便な」インタフェー スですが、これが意外に心地よいのです。身体的な行為が、空間に滞在してい る情報に確かに接近したという実在感を与えてくれます。身体行為の有無によ る人間の知覚の変異は、「能動的知覚」と呼ばれヒューマンインタフェースの 分野でも最近になって注目されています。記憶術の達人が、暗記するときに体 を使って大袈裟なジェスチャーをしたりすることがありますが、これも身体性・ 空間性を使ったインタラクションなのかも知れません。
このような経緯から、最近ではインタフェースをよりフィジカルにする方向で の進展がないかと考えています。 すなわち、身体のサイズや位置、ディスプレイのサイズ、置かれている条件 (垂直か、水平か)、あるいは、実世界のオブジェクトとの関連を考慮した インタフェースの可能性を探りたいと思っているのです。 たとえば仮にディスプレイのサイズが壁面全体に 広がったと考えてみましょう。そうすると、現在のGUIテクニックでは通用し ない場面があちこちに出てくることに気がつきます。もっとも単純には、メニュー バーが高すぎて手が届かないとか。また、壁面に対する利用者の位置によって インタフェースが変化すべきだと感じるようになりますし、アイコンのサイズ が手の平サイズになって表示されると、俄然「これを掴みたい」という欲求に もかられます。今度は床全体がディスプレイになったと考えてみましょう。 もはや「どちらが上」という概念は消失してしまいます。また、机や椅子に よってディスプレイの一部が隠されてしまうこともあり得るでしょう。 このような変化は17インチディスプレイの前でいくら考えてい ても生まれてこない発想をいろいろと呼び起こしてくれます。
岡 :
サイバースペースという概念が一般化し(具体的ではないが)我々の通常の生活にも
情報化の波が押し寄せ、一日の内で何度と無く無意識にデータベースにアクセスして
いるという日常が繰り返されている現在、建築デザイナーが意識すべき分野に変化が
現れています。
データベースの具現化によるサイバースペースも空間として、成立することは充分可
能であり、3D空間としてそのインターフェイスが表現されるとなれば当然建築デザ
イナーのような職業もデジタル空間へ拡大して行くでしょうが、今までのような空間
デザインとは少し趣を異なるものとなるでしょう。
このように一部では、建築デザイナーがこの3次元インターフェイスをデザインする
ことや、情報ネットワークのアーキテクチャを設計する部分に必要とされているとい
う意見もありますが、建築デザイナーや「建築家」に期待することは実は別の領域で
はないかと思います。もし、サイバーアーキテクチュアなるものが、モニター上やゴ
ーグルなどのディスプレーに現れるVR映像の一部としての構築物を指すのであれば
、おそらくグラフィックデザインやIDの世界にもっと多く優秀な人を見つけることが
できるでしょう。サイバースペースに象徴されるデータベースの世界の情報は、その
多くが実世界にリファレンスを持っていて、データベース内の情報と実世界にあるオ
ブジェクトとの円滑なリンクということが、情報社会(サイバースペース社会)には
欠かせないものであると思われるのです。つまり、実空間とデータベース(VRで表現
される空間を含む)がある同一軸線上(多くの場合欲望)に存在しているという現実
をあたかも設備計画をするがごとく、設計の一つのレイヤーとして組み込むことがで
きるデザイナーの存在の方が、大事であると考えます。当然このデザイナーの活動の
延長線上には、データベースやそのインターフェイスであるVRなどの設計デザインも
含まれてくるでしょうが、あくまでも建築デザイナーに期待することは、物理的空間
とデータベース空間がそれぞれお互いのレイヤーとして機能するように、物理的空間
を情報データベースに対するメディアまたはインターフェイスとして構築することに
あると考えます。人体が物理的ボリュームを持ち続ける限り、物理的建築空間はその
概念的意味を変えながらも社会構造の中で重要な意味を持ち続けるでしょう。
コンピュータエンジニアも建築デザイナーも構築というツールを使って世界を作り出
していますが、その目的と構築のプロトコルおよびその価値に対するパラメーターに
違いがあるように思われます。しかしながら、情報空間と実空間がレイヤー関係をは
っきりと持ちはじめその距離が極端に近くなってきたことで、多くのコラボレーショ
ンのチャンスを持ち、時にはインスパイアーし合うという可能性があります。サイバ
ースペースの構築には、同等の立場でのコラボレーションが必用だと思います。その
コラボレーションに欠かせない資質とは、それぞれの分野でプロフェッショナルであ
るということで、建築デザイナーは実空間における空間と人間の関係性や空間の認知
といった部分での、コンピュータエンジニアはデータ構築やディバイスといった部分
での専門的な立場を確立する必用があり、それぞれのオファーできる知をシェアーす
る事がこのような場合重要でしょう。
このようなデザイナー・プランナーサイドの考えを(個人的かもしれませんが)受け
て、暦本さんのお考えとして建築系デザイナーに期待することや、コラボレーション
としてどの様な分野での協力が可能であるかなどについてお聞かせ下さい。
暦本 : あくまでも私見ですが、建築物の設計データを単純にVR化し、そこでのウォー クスルー等を実現して、それがすなわちサイバー建築だ、というアプローチは 早晩行き詰まるのではないかと考えています。現在でも、CADのデータをCG化 してプレゼンテーションするということは既に行われていますし、今後もます ます普及していくでしょうが、これはあくまで設計ツールとしてのVRの利用で あって、新たな空間デザインの方向性を打ち出しているとは言えません。モデ ル化された、あるいは標本としての建築にすぎないと言ってもよいでしょう。
それではと、仮想世界における独自の建築様式を目指そうとしたとします。現 実世界における制約が一切取り払われた、完全に建築家の発想のままに構築で きる世界。しかし、まったく制約を課さない条件での発想が、意外に貧困になっ てしまうというのは多くの分野で経験することです。そもそも建築というもの の根底には、外敵、風雨や温度変化からの遮蔽、あるいはプライバシーの確保 といった機能の提供という共通認識があります。また、構造物の強度や重力と いった実世界における物理的な制約も共通の基盤となっています。しかし、仮 想世界では、これらの共通認識はもはや通用しません。そもそも何のための建 築なのかという目標すら曖昧なものとなってしまいます。たとえば仮想空間で のプライバシーを守るということは、現実世界とは全く異なるメカニズムで実 現され得ますし、必ずしも建築物を必要ともしません。このように考えていく と、たとえば自由に濃度を調整できる球体が、仮想世界では究極の建築といっ たような縮退した結論に到達してしまう危険性すらあります。
一方、VRを使った有望な応用として期待されていながら、なかなかブレークス ルーの起きない領域に、「情報視覚化」という分野があります。非常に複雑な 情報でも、3次元映像で視覚化すればわかりやすいだろうという発想ですが、 実際にやってみるとそう簡単なものではないことがわかります。たとえば気象 データや地理情報のように、もともと空間性を持った情報の場合、(その計算 量はともかくとして)、視覚化スキーマそのものは自明に近いわけです。とこ ろが、「過去3年間の景気変動」「巨大ソフトウェアの構成情報」のように本 来インビジブルなデータが対象の場合、どのようにしてデータを3次元空間に マップすべきか自身が課題となります。このような領域では、最適な視覚化ス キーマを発案するのは単にエンジニアの能力だけでは不足で、デザインセンス、 広い意味での建築家的なセンスが不可欠ではないかと考えています。すなわち、 データという素材を使っていかに理解しやすい「建築物」をデザインできるか、と いう話です。たとえば多摩美術大のシュナイダー氏が実現しているように、すべ ての情報を仮想的な地球儀にマップしてしまうようなインタフェースは、デザイナ サイドから登場した有効な情報視覚化技法の一例でしょう。
もうひとつの話題として、(現実の)建築物にいかにしてコンピュータを組み 込んでいくか、より刺激的に言えば、建築物をいかにしてメディアにしていく か、という議論があります。われわれの行ったNaviCamのインスタレーション も、建築のメディア化の第一歩だったわけですが、実空間と情報空間との多重 化(マルチ・レイヤー化)には、それ以外にも非常に多様な可能性があると思 います。一方で、街頭のキオスク端末や美術館での説明用のコンピュータなど がありますが、多くの場合インタフェース的にも建築の要素としても満足する ことはできません。むしろ、Artificial Realityという用語の発案者である、 マイロン・クルーガー氏の一連のインスタレーションに、建築のメディア化の可 能性を多く感じます。壁面全体がディスプレイとなった部屋。建築物全体が人間の 存在をセンスし、身体行動に反応していく環境。将来の建築には、何らかの形 でこのような要素が取り入れられていくと予測しますが、建築デザイナとエン ジニア(デジタルアーキテクト?)との密接なコラボレーションは必須ではな いかと考えています。